各国を旅していると、様々な人から
「どこの国が一番良かった?」
と聞かれることが多くある。
そんなとき、日にもよるが僕は“ロシア”か“ラオス”と答えることが多い。
ロシアは、建物や街にソ連時代の雰囲気が残り、資本主義の日本で生まれ育った僕にしてみればとても興味深かった。
一方のラオスも社会主義の国ではあるが、ロシアとはまた違った、“何も無い”ところをすごく気に入っている。
今回はそんな、何もないラオスで出会ったハプニングについて書いていこうと思う。
ラオスは何もないところが良い
“ラオス”と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。
正直、何があるのかわからないという人も多いのではないだろうか。
かく言う僕もそうで、行ってみるまではラオスについては全くイメージが無かった。
ラオスに行ってみて思ったのは、“本当に何もない”ということ。
通常、旅行に行くときは観光する場所を決めて行くものだが、ラオスには観光地は少ない。
しかし、見るところが無い分、逆にのんびりとしたひと時を過ごすことができるのだ。
今はどうか知らないが、僕が行った頃は首都のビエンチャンでも百貨店ですら5時には閉まり、夜はレストラン、深夜に至っては外国人向けの飲み屋位しか店を開けていなかった。
そんなこともあって、しばらく滞在したビエンチャンでは、日々昼頃に起きてその辺をぶらぶらし、夕方に缶ビールを片手にメコン川に沈む夕日を見るというのが日課だった。
旅人との飲み会
その日は、夕方から街のレストランで知り合った日本人の旅人たちとの親睦会に参加する予定にしていた。
ビエンチャンの街は夜になると、雰囲気が変わる。
のどかな地方都市から、外国人向けの歓楽街へ。
市場や商店など、地元の人が利用するお店は閉まるが、レストランやバーなど、外国人が楽しむためのお店ばかりが営業するようになる。
街角には立ちんぼ(売春婦)が並び、通りかかる外国人に「ブンブン?」と声をかけていた。
「ブンブン」とは、東南アジア近辺で使われている言葉で、概ね性行為のことを意味する。
立ちんぼの売春婦との交渉は、「ブンブン?」と向こうから、もしくは自分から相手に声をかけ、その後値段の交渉をする。
病気や衛生面に疑問があったものの、二次会でバーに行く途中に同じ道を通ると、ほとんどの女の子いなくなっており、残っているのはレディーボーイの方々のみであった。
二次会のバーでは、旅人たちの旅の話で盛り上がった。これまで行って良かった国の話、危なかった体験談やこれからの旅程、日本に帰ったら何をしたいかなど、長期の旅をしている人ならではの内容もあった。
僕は1カ月単位で旅をしているため、日本では「長い期間旅する人」として認識されることが多いが、ラオスで出会う旅人は世界一周を目指している人や現地で沈没している人など、経験や期間が僕の比ではない人も多い。
有名な観光地に行くと、多くの人が羨ましがる場所やモノを見ることはできるが、あえて何もないところへ行くことで年齢や立場を超えた人々との交流が生まれる。
定年後に自分の夢だった旅を楽しむ60代のおじさんや、高校を卒業したばかりの10代の女の子、日本の社会からドロップアウトした30代の世捨て人など、様々な人と対等に知り合い、友達になれるのだ。
ラオスでは、そんな人たちと地元のウイスキー『ラオラオ』を飲んで語り合った。ラオラオは、アルコール度数の高い割に甘く味付けされているため非常に飲みやすく、また安い値段で飲めたため、旅人たちと好んで飲んだ。
結局、二次会を終えたのは夜の11過ぎ。
外に出ると、飲んでいたバー以外のお店はほとんど閉まっており、街は閑散としていた。
危機的状況は突然に
バーから宿に帰り、中に入ろうと扉を引いたところ、扉が施錠されており、入れなくなっていた。
初めは、扉の建て付けが悪いのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
間違いなく扉には鍵がされていた。
中に入れないということに対して、多少の焦りはあったが、宿のことをよく考えてみるとこれはこれでいいのかもしれないと思った。
宿泊費をケチったばかりに、泊まっている宿は近所でも有名な『南京虫の出る宿』だったのだ。
ベッドを見るとシーツには宿泊者が寝返りをうったときに南京虫を潰すことによってできたであろう血の斑点、枕をめくると7~8mm大の南京虫が何匹も放射状に逃げていった。
そんな宿である。夜など寝られたものではない。
宿泊者同士で「虫除けはないか」「塗り薬はないか」と一晩中お互いの荷物を探し回る状況である。
そんなことを考えたらもはや外で寝た方がいいのではないかと思えたのだ。
幸いなことに、宿の前には石のベンチがあり、その晩はそこを寝床にする事にした。
蚊には刺されるが、南京虫や毒虫がいなさそうだということをチェックして、そこに横になった。
お酒を飲んでいたことと、旅で疲れていたこともあって、すぐに眠ってしまったが、石のベンチが中途半端な寝心地だったこともあり、眠りつつも半分意識があるような状態だった。
どれくらい眠っただろうか。ふと、パンツの中にもぞもぞと何かが入ってくるのを感じた。
初めは、夢なのか現実なのかよく分かっていなかったが、不意に金玉がギュッと握られる感覚がした。
やべぇ!
金玉がタランチュラに食われる!!
そんな危機感から思わず飛び起きると、目の前に女装したおじさんが立っていた。
状況をつかめず、しばらく動けずに考えていると、おじさんが話しかけてきた。
「Hey guy ブンブ~ン?」
そう言うことか!
ここまできて僕はようやく状況を把握した。
先ほど僕の金玉をつかんだのはタランチュラではなく、目の前のおじさんである。
そしてこのおじさん、よく見ると二次会に行く時に見かけた売れ残りの立ちんぼのレディーボーイである。
立ちんぼをやめ、歩いている人に声をかけるためバイクで徘徊していたところ、外で寝ているアホなヤツがいたので、思わずパンツの中に手を入れたのだろう。
レディーボーイのおじさんはその後もグイグイと迫ってくる。
このままでは危険だ。
そう思った僕は、その場からダッシュで逃げ出した。
しばらく走って、もうここまで来れば大丈夫だと思った時、ふと後ろを見ると、こちらにバイクが向かってきていた。
バイクには先ほどのレディーボーイが乗っている。
まじかよ!
その執念に恐怖を感じ、僕は再び走った。
後ろからはバイクに乗ったレディーボーイが追いかけてきて、叫んでいる。
「ヘェ~イ!」
「ブンブ~ン!」
「ブンブンオ~ケ~?」
「ギャハハハハハハハハハハハハハ~」
後から考えると、バイクも一定の距離を保って追いかけて来ていたので、からかい半分だったのかもしれない。
しかし、少し狂った感じの叫び声も相まって、有り得ないほどの恐怖を感じた。死ぬほど怖かった。
ふと気づくと、バイクの音が増えている気がする。
と言うか、話し声が聞こえる。
恐る恐る振り返ると、追いかけてくるバイクは三台に増えていた。
これは、捕まったら終わる…
そう思った僕は、バイクが通れないような狭い路地に入ったり、急なUターンをしたりしながら逃げた。
ようやく後ろにバイクの姿が見えなくなったと安心して歩いていると、また一台のバイクに見つかり、追いかけられ、気が付けば三台に増えている。
どうやら、見失うと散開して探し回っているらしい。
相変わらず後ろからは叫び声が聞こえる。
「ヘェ~イ!」
「5ダラ~!」
やべぇよ、たったの5ドルごときで望まないとんでもないことになってしまう。
そう思っていると、どうやらそれは思い違いで、「5ドルで私たちを買わないか」と言っているらしかった。
余計イヤだわそんなもん!
そう思いながら1時間半くらい逃げ回っただろうか、逃げ回る途中で宿の前を通りかかるたびに入口の扉を叩いて助けを求めていたが、ついに扉が開き、中に入ることができた。
扉の鍵を開けてくれたのは、宿泊客のアメリカ人だった。彼は、南京虫のせいで寝られずベランダで飲んでいたらしい。
宿の前にバイクが止まった時に僕の存在には気が付いたらしいが、宿に売春婦を連れ込もうとしているヤツだと思ったらしく、鍵は開けなかったのだとか。
しかし、宿の前の道を何度も逃げ回り、助けを呼んでいる姿を見て、どうやら様子が違うと思ったらしい。
安堵と疲れからか、部屋に入るなりぐったり動けなくなった。
その後は南京虫がいることは知りつつも、ぐっすりと寝た。
翌日起きると、案の定血の斑点と全身の痒みはあったが、不思議と後悔は無かった。
宿から外に出ると、昨日の夜の閑散とした雰囲気とは異なり、いつもの活気あふれる街に戻っていた。
この体験から学んだこと
- 海外では外で寝ると危険
- 南京虫の出る宿は避ける
- 宿では門限の時間を聞いておく
- 遅くまで飲み過ぎてはいけない
- 街中にタランチュラなどいない